【ロックへの道(仮)⑧】~<オシャレ番長>ポール・ウェラーとともに~

ロックへの道(仮)

ども小池整体コイケタロウです。

 

めんたいロックとともに同時進行でポリスやらジョージャクソンやら聴いてたわけですが、当時それと併行して、THE JAMというイギリスのバンドもカッコよくて好きでよく聴いてたし、コピーもしてました。

77年ぐらいのデビューですぐに売れて人気出たんですけど、ほかのバンドのムーブメントのパンクだとかレゲエだとか硬派アレンジの方面にはどちらかというと楽曲的には行ってなくて、もともとカウンターカルチャーとしての「MODS(モッズ)」の流れを汲んでたのもあってか、どっちかというとR&Bベースでいて激しめの曲が多かった感じです。

で2曲目とかは結構モータウンぽいというか、オールドスクールな匂いがしますよね。

ワタシが中学で始めたバンドは大学入ったぐらいでボーカルに抜けてもらってトリオになって、その後学外で知り合ったボーカルとキーボードが入って5人になるんですけど、そんなこともあってトリオ期はジャム、その後はジャム解散後のスタイルカウンシルみたいなバンド形態になっていきます。

リーダー:ギターのポールウェラーにくっついて自分らのやる音楽も変化してったみたいなところはあったかなと。

 

バンドのボーカルとギターがMODSファッションにバリバリ傾倒してたのでなんとなくバンド全体がそんな感じになってくんですけど、三つボタンのモッズスーツはやせ形のシュッとしてる体形のほうが似合うので、ワタシとドラムのがっちりした体形にはあんまり似合わなかったよなー・・・と思って当時違和感持ちながら着てた記憶はあります(笑)

 

けっこう人気絶頂でジャムを解散したポールウェラーは、たぶん音楽的な幅の意味でいろいろやりたいことが出てきて「もうトリオでは無理!」と思ったんだと思うんですけど、そこでスタイルカウンシルを結成して彼の「オシャレ番長」ぶりも完全に開花しますよね。

ステンカラーコートとか白いGジャンにホワイトジーンズとか着てたなぁ俺も・・・まあまだ20代だからたぶん許されたけど・・・(笑)

楽曲もジャム時代には想像できないシャレオツぶり。

で、4枚ぐらいアルバム出ましたかね、全部持ってますけど最後の方はちょっとパワー落ちてきたような印象があって。

個人的には最初の2枚「Cafe Bleu」「Our Favourite Shop」を聴いて好きになったら残り2枚行ってもいいんじゃないかと思います。どっちも名盤なのは間違いない。

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で、実際そのころにはキーボードのミック・タルボットが参加したガリアーノの方が、自分的には好きの比重高かった感じで。

2枚目のアルバムから知ったんですけどこれはけーーーっこう当時のヘビーローテーションでした。

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ガリアーノは90年ごろムーブメントになった「アシッドジャズ」の旗手で、ほかにもインコグニート・ジャミロクアイ・オマー・ヤングディサイプルズなんかがそのカテゴリーにいたんですけど、短い期間にジャズ・ファンク・ソウル・ヒップホップをどんどんミクスチャーして変化してったのがすごく面白かった記憶があります。

だから元ネタの古いジャズやら元祖ソウルのマービン・ゲイ、次に書くオリジナルラブの田島君がハマってたギル・スコット・ヘロンなんかもワタシはこの時期に多く触れることになるわけです。

そう考えると、好きなミュージシャンをただただ追って行ってそこから枝分かれしていく時代感みたいなところも面白ければ辿っていくことで、知らないうちに音楽やらファッションやらの幅を大きく広げてもらってた。

 

ポールウェラーは89年ぐらいにスタイルカウンシルが先細りになってしばらくフワッとしてたみたいですけど、その後ソロになってアコースティックギターメインでロックな曲を、みたいな感じで原点回帰してきました。

まあそっからまたもや売れ出したのはさすがというか底力というか。

結果その後のイギリスのフォロワーに現在もリスペクトされる王道の存在になってるんで、「オシャレ番長ポール兄貴ここにあり」なんですよねやっぱり(笑)

これも自分の中の一つの流れでしたね。

<続く>

 

 

 

 

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