事故その後

どもコイケタロウです。

事故から1週間、全治1週間との診断でしたが擦過傷というのはそう完璧にすぐには治らないので近所のクリニックで消毒と処置をしてもらってます。

右腕と右足首なのでそこに包帯まかれてて水につけるなと言われてるので風呂が大変(笑)

腕にラップ巻いて足首をレジ袋で覆ってシャワー浴びてましたが(笑)、右半身だけ出して風呂につかる技を会得してからは心なしか体調も優れてきたかなと・・・

まあもう普通に仕事してるので体調がどろどろというわけでは全然ないんですが、仕事がら自分の身体の変化を見てるといろいろ気づきます。

いまのところいろいろ動いてはいますがヤバい感じはしないので落ち着いたら誰かに治療してもらおうとは思ってます。

事故においての怪我というのは見た目のところだけでなくて、実は衝撃を体に受けた瞬間にそれが体内に入りながら身体は飛ばされたりひねったりするので、それに伴って思いもしなかった箇所で止まって(内臓とか骨とか)固定化することが多いんですね。

そしてそこから動きが悪くなりはじめてそれを補正しようとしてほかの部位に無理な動きが加わって全身に影響が出たりする。

それまでの時間は人によっても使い方によっても違うので一概に言えませんが、重度の固定化部位がある場合は1、2か月ぐらいから色々出てくる。

足首のねんざなんかもタイプ的には同じで、痛みは消えてもそこから時間をかけておかしくなってくることが多い。

足首ねんざでは60年前の受傷が原因でずっと腰が痛かった人が修正したらそこから消えてしまったこともありました。

といっても実は気を付けてると初期からなんだかおかしい動きが始まっていることに気づくので、そういう場合はしっかりしたとこで施術を受けた方がいいと思います。

事故の衝撃で受けたエネルギーをどこで受けたのか?

ということになるわけですが、スクーターのカウルが壊れたりこすれたりハンドルが曲がったりすることでもかかった衝突のエネルギーを消費してくれたということなので、その分ワタシにかかった負荷は減ってくれたわけです。

壊れてくれないと全部体にかかってきたりしてたわけですから逆に危なかった。

レースカーのクラッシュもコクピット以外が徐々に壊れてエネルギーを分散するように作られているからドライバーは助かるようにできてるわけですね。

そういう意味では私はとても運が良かった。

もしも信号待ちで止まっているところに突っ込まれていたら相対速度差が大きかったわけだから衝撃は何倍にもなっただろうし、前にいたトラックとの間に挟まれてつぶれていたかもしれない。

走行してたからまだ速度差が小さくて、ゆえに衝撃も小さかったということになります。

また打撲などで体の内部で炎症が起きている場合、当日または翌日に発熱することが事故においてはよく見られますが、1週間以上続くようであれば改めて受診した方がいいと思います。

まあ発熱を抑える抗生物質を処方されるはずなので飲んでれば収まりますけども・・・

1週間たってようやく相手方の保険会社から連絡が来ましたが、向こうの言うには「警察の方でこちらに小池さんの連絡先を伝えるのを失念していたようで遅れました・・・」ということで、まあほんとかどうかわからない。

ホントなら練馬警察ダメじゃんってことになるんですけど・・・(笑)

まあ100対0なので物損に関しては全額回収できると思います。

でも単純に新車に変えられるか?というとそうでもないケースがあるようです。

保険契約の内容が「修理に関してのみ全額」ということになっていれば、フレームからなにから破損してるとこ以外は全部とっかえる・・・という処置になるので、新車でポン!よりも手間と時間がかかることになります。

まあ新車になってもまたエンジンの慣らしを1からやらなきゃいけないのでメンドクサイのは変わんないんですけど・・・

ほんでこれは頭おかしいと思われるかもしれないけど、感覚的には「厄落とし」的な感じがしたりしてる。

事故に遭ってよかった、ということではもちろんないんだけど、やっぱりいろんな出来事ってエネルギーのめぐりあわせだから、こういう「強制的にケツバット」みたいな出来事があると、淀んでいた部分みたいなものが一気に吹き飛ばされる作用というのもある気がしてるわけです。

あくまで感覚的なものでしかないんだけど。

これが自分の不注意や落ち度があった場合はその限りではないんだけど、まったくそれがない状態でのコレ、というところにそういうものを感じたりしてるんですね。

なのでこっからは結構いろいろ循環がいいのではないかと勝手に(笑)。

そしてホントの意味で「人生なんて何が起こるかわからないな」という想いは非常に強くなりました。

「罪と罰」で因果というものが回っているわけではないんだな、と改めて思ったというか。

事象というのはもっと深いところの動きで必然的に起きている。

だから起きたことを、自分にとって、とか、世間的に、とか、常識的には、とかいう表面的な視点で見て良いとか悪いとか判断してもあんまり意味はないというか。

意味なんて得てしてそのときはわからなくて、後々ふと気づくように突然理解する。

だからそこで得たものの中身に気づけるまでの時間が早くなることが「成長している・する」ということなんじゃないかと思ったりもします。

まあいろいろむずかしい話になっちゃいましたけど、とりあえずおかげさまでコイケは元気です(笑)

『事故その後』へのコメント

  1. 名前:くにぽん 投稿日:2017/09/28(木) 22:23:23 ID:1005f3ed5 返信

    私も「厄落とし」という感想に同感です!
    これからもブログ楽しみにしております。

    • 名前:tarokoikeseitai 投稿日:2017/09/30(土) 13:21:22 ID:8c78b8430 返信

      ありがとうございます。
      単純に「悪いことが起きた」という感覚で怒ったり相手を罵倒するような気持には素直にならなかったので。
      不思議ですが、少しすがすがしい感じだったりしたんですよねぇ・・・(笑)
      またいろいろ書いていきます。