ども小池整体コイケタロウです。
ちょっと最近の雑感を。
<QUEENの映画>
11月に公開になるようです。
昔のクイーンの映像をつなぎ合わせたドキュメントではなくて俳優さんがすべて演じているらしいので、最初「・・・えええ~・・・」とは思ったのですが(笑)、この動画を見る限りでは悲惨なことにはなってないようで、劇場で見てみたいかなと思ってます。
しかし日本人は何でこんなにクイーン好きな人多いんでしょう。
というか全世界的になのか・・・
でもライブ映像とかPVとか見るとやっぱりフレディは「ヤバい」人ですどう見ても(笑)
今となってはあの突き抜けっぷりはアートにまで昇華されてるのは言うまでもない事実ですが、そう考えると常識的なものって脳内や社会の範疇から出ないものばかりですから面白いわけがない。
質の高い音楽性の上に常識では考えられない演出とキャラクターが組み合わさるとスーパーバンドになるんだなという好例でしょうね。
あとは楽曲がスタジアムスケールのヒット曲が多かったことも大きい。
We will rock you とか We are the champion とかみんなで歌いたくなる上にデカいスペースで奏でられると自然に気持ちが上がっていくような曲を持ってるのはスーパーバンドの常識ですね。
秋が楽しみになってきました。
<障碍児を取り巻く環境>
多動性障害のYくんを見始めてもう10年以上になりますが、付き添いでおいでになるご両親から障碍児を取り巻く現在の情報をよく耳にします。
Yくんは言葉を発することができない、カテゴリー的には重度と呼ばれる障碍児ですが、彼が在学してた時は小中高一括の施設状況だったのですが、最近小中と高を分けざるを得ないようになったとか。
なぜなら物理的に昔よりも人数が増えてきているかららしいです。
単純に疑問に思ったのでなぜなのかを質問したのですが、たぶん昔よりも「検知」できるようになったから、ではないかと。
昔は誰がどう見ても障害がある子・・・というカテゴリーの子がそうした学校に、または普通の学校の特殊学級に入学するというのが常でしたが、現在はそのあたりの判定が不透明だったADHD(注意欠陥/多動性障害)などもカテゴライズされるようになったからかもしれません。
Yくんの通っていた学校は知能不全だけでなく身体不全の子も一緒に通う学校でしたが、これからは別になる動きも出てくるかもということでした。
昔よりも判定不透明の子が分かって早めに手を打てるからいいのではないか?と思う方も多いとは思いますが、実際ご両親から聞いた話からはそうとばかりも言えないのだなと。
彼らのなかには社会的常識を考えないで行動してしまう子も多いのですが、それがもとで行方不明になってしまうこともままあると。
その際明らかに障害がある、という子は周囲の人の目に留まりやすくご近所の方もそれと認識しているので行方が追いやすく目撃情報も多数拾えるのですが、一見してわからない子の場合は普通の子と見た感じの動きや言動が変わらなかったりするので人の印象に残らないことでまったく行動経路が追えないことが多いのだとか。
なかには2日間ぐらい行方知れずという例もあったそうで。
どちらがいい
というわけでは決してないのですが、障碍児の当事者のご家族にしかわからないご事情をたくさん聴いてきて常に複雑な思いを抱いてらっしゃるのだなと思う次第です。
こうした情報はワタシも文章にして軽微ながら広めて行ければいいかなと思っています。
事情を知る
ということは理解につながると思うので。少しでも。
<お笑いがなんか変なことになってきてる>
もう少し前からよく言われてますが、お笑いのネタにマジレスしてキレたりクレーム入れたりする人が相当増えてる気がするんですけど、なんかもうワタシら昭和世代なんかの笑いに対する感覚がずれてきてるんでしょうかね。
平成ももう30年ですから昭和と違うのはよくわかるんですけど、YouTubeのお笑い動画なんか見てるとよく見かける。
え
そこに噛みつくの?
・・・・
というパターンがあまりにも多い。
お笑いってさまざまな笑いの種類があって、また「解説」するもんじゃないし、解説したとたんにクソ面白くなくなるものなんですけど、ネットでよく見るのはネタに対して「これは笑っちゃいけないものでしょ!」とか「感性を疑います!」とかクレーム入れてる人に対して親切な人が、「これはこういう意図があってわざとこうしているからこういうおかしさが生まれるでしょ?わかる?」という具合に解説することによってはじめてそのネタの狙いを理解し、「ああーそういうことなんですね!」とか「・・・自分にはよくわからないです・・・」とかいう反応をなさる。
いやまあ別に「これ見て素直に笑えないお前はセンスなさすぎ!」とかいうつもりもないし、好き好きだから千差万別なのは当たり前なんですけど、根本的なところで
「自分の理解できる領域にないと拒否」
っていう姿勢はあんまりいただけないと思うんです。
最近はちょっとそういう傾向が強いように思う。
あと「子供が真似する」「品がない」「生産性のかけらもない」から放映を自粛しろという意見ですが、こんなの昔から当たり前にあって、ドリフとかひょうきん族とかたけしのお笑いウルトラクイズとか最近ではロンドンハーツとか「子供に見せたくない番組」だったりするわけですけど、「打ち切り」にはならなかった。
ある意味批判を受け入れつつも存在はし続けられた、というか。
最近は打ち切りになりますからね、なんでも。
いつも不思議に思うのはクレームつける人って、しっかり見て見続けてクレーム言ってる。
基本的にそこに対して見ないで無関心になればいいだけの話だと思うんですけど、それが存在することがもう受け入れられない。
これはね、ある意味とても不幸なことだと思うんですよ。
その人の中での「ちゃんとしたもの」だけを取り入れるというのは別に自由にすればいいと思うんだけど、「ちゃんとしてないもの」を選択する人に正否を突きつけるのは違うんじゃないかなぁと。
まあこれに関してはまた別の視点で書いてみようと思いますけど。
脳天気に笑えない時代なんでしょうかね、ある意味。
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