男と女のラブゲーム

どもコイケタロウです。

先日同年代の男女で飲んだんですが、なんとなく恋愛の話になって(笑)。

若いときは相手のヤキモチとか束縛とか俺の色に染まれ・私と友達どっちが大事なの的なことがキューンときてたし、それが愛情だと完全に思ってたもんだけど、みんな50過ぎてますからね、そういうのどうなん?という感じで。

まあみんなそれぞれそこそこ「くぐってきてる」わけです。

となるとね、意固地な意味ではなくて「相手に「合わせる」とかもうムリ!」な感じなわけです。

だし、人生50年やってきてそれなりにそこそこひどい目にもあって(笑)それを背負ったりくぐってきたりすると、小さいとこにこだわるのとかもう「どーでもよくなる」わけです。

誰と誰がどーしたとか、そんなもん自分になんもカンケーないし、お互い大人なんだからいろいろあるだろうし、あっても自己責任だから「あーそうなんだねー」で終わり、というか。

だから別に人のことを羨ましいとも思わないし、それに比べて自分は・・・とも思わない。

だから「お互いそれぞれ好きにするけど一緒に居たらもっと楽しいよね」ってとこにしかいられない。

まあこれは50以上全員ってことじゃもちろんないんですけど、少なくとも「メンドクセーことを結構やり倒してきた」人における50代ってのはそんな感じになってきてるのかもしれません。

「くぐってきた」ということは「乗り越えてきた」ってことだし、そういう人は概して「強くて柔らかい」。

乗り越えないでどっかに救いとか逃げ道を求めて「ありのままの自分でいい」というのを自分に都合よく解釈・変換して現実見てこなかった人は「弱くて硬い」ような気がするんですね。

勿論どっちが「優れてる」ということでは全然なく。
「なるほど、そこにいるんだね」ということに過ぎないんですけど。

みんなと話をしていて、自分たちの年代の恋愛も先日書いたブログの中の「できうる限りの関心を持ったうえで好きにさせてあげること」なのかな、やっぱり・・・なんて思いましたけど。

そういえば昔はよくテレビの恋愛ドラマとかよく見てた。

たまに最近のをちらっと見てみたりするけど、なんかメンドクセーことダラダラやってんなー・・・まーでもこーゆーの懐かしー!とか思ってテレビに1人で突っ込み入れたりしてしまうオッサンと化してる(笑)

東京ラブストーリーとか当時くぎ付けでしたけど、もう今は正直見てらんない。ネタにしかならない(笑)

もうワタシがいわゆる「ドラマ」には興味なくなっているんですね。

メンドクサイことが沢山ないとドラマにならないからそういう作りなんだけど、それを現実でやるなんてことは、もう到底無理ですごめんなさい、ってとこで。

飲んだメンツも全員そういう感じだったけど。

「こっちはこんな感じだけどアンタはどうなのよぶっちゃけ」

「あなたがこれでもいいんならじゃちょっとやってみようか」

・・・的な(笑)。

書いてて思ったけど、何もこれ恋愛に限ったことじゃないなやっぱり、と。

対自分と対人とにもおんなじことするんだろうなと思いますよ。

自分自身に対して「こうでなければ」「あの人と比べると」「なんで私には」ってやってればそりゃ人にも同じことを求める。

ホントは自分だって相当窮屈なはずだしホントはどっかで気づいてるんだけど、なかなかそういう自分を直視できない。

から、変わらない。変われないから、全部変わらない。

そしてまた毎日が続いていく。

別に私が「なんでも乗り越えてきた、ものの道理が分かった、カッコよく自然体でいる、イカしたアラフィフ」なんですよ、とか言ってるわけじゃない。

単に「みなさんと平等に同じ道は歩んで来たけど、自分で選んだ着地点がここだった」というだけで。

だから、というか、今その地点に居られてることは仕事にも役に立ったりしてる。

いろんな方が来ますから、グルグルしちゃってどうしたらいいかわからない人に対してこっちから見える景色を伝えてあげる、だけ、ということでなんか勝手に掴んで帰ってくれる人も多いんです。

それもココロの健康という名の「平衡」を取り戻すことに一部なるんじゃないかなと。

平衡は「バランス」ですから。

あ、誤解がないように言っときますけど、いわゆる男女のアレコレの「世界観」まで文句言ってるわけじゃなくて、逆に割と好きです。

スナックとか行ってカラオケで歌うのは大概そんな歌ばっかだし(笑)

それとこれとは別。

60オーバーでなんなら1、2回ぐらい離婚してて女手一つで子供育てて店やって30年、みたいな酸いも甘いもかみ分けたトークが最高なイカしたママがいるスナックとか大好物なんで誰か知ってたら教えてください(笑)

そんなママとこんな感じでデュエットしたいですね(笑)